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時代に追いつけない「紅白歌合戦」がそろそろ終わっていい理由 懐メロ&ジャニーズ路線も限界に

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1 :2021/10/31(日) 12:01:36.46 ID:CAP_USER9.net

10/31(日) 11:30配信
AERA dot.

視聴率は絶頂期の半分となったNHK紅白歌合戦。写真は第63回(2012年)の時の様子(C)朝日新聞社

 今年も「NHK紅白歌合戦」が近づいてきた。50回連続出場中の五木ひろしが「紅白引退」を表明したり、ピアノユーチューバー・ハラミちゃんのゲスト出演がうわさされたりと、さまざまな話題が飛び交っている。

 ただ、かつてほど視聴率が取れなくなり、国民的番組としてのステイタスが下がってきたのも事実。はっきりいって、もう限界というか、そろそろ終わっていいと感じている人もいるのではないか。

 それもある意味、仕方ない。紅白の寿命はすでに、尽きようとしているのだ。

 その70余年もの歴史を振り返るとき、現在は第3期といえる。第1期はラジオのみでのスタート(1951年)から、怪物番組としてのかたちができあがる第8回(1957年)あたりまで。第9回(1958年)からは、大みそかの夜に2時間40分(のち、45分)紅白20数組ずつが登場して歌うというスタイルが確立して、日本の風物詩となった。

 このスタイルは第39回(1988年)まで続き、視聴率は最高で80%台、悪くても50%台だった。これが第2期であり、いわば全盛期でもある。

 しかし、第40回(1989年)に大きな改革が行われる。放送開始が19時台となり、二部制が導入された。音楽の好みの多様化や誰もが知るヒット曲の減少といったものへの対処でもあり、これを機に懐メロが増え、ひと組あたりの持ち時間も長くなっていく。また、本会場以外の場所からの中継や、本番当日のサプライズ出演、さらには巨大衣装対決やけん玉でのギネス記録挑戦といった歌とはあまり関係のないエンタメ要素も盛んに取り入れられるようになった。

 この結果、その年の歌謡界で選ばれし者が集う真剣勝負という魅力は薄れたものの、延命にはつながったかもしれない。終盤に登場する歌手を若返らせるため、ベテランには第1部のトリを任せるという手法も編み出せた。前出の五木も昨年、第一部の大トリで歌ったのを区切りに、紅白を去ったわけだ。

本紅白」などとも呼ばれる第二部の視聴率は、50%台から40%前後に低下。二部制導入後の第3期は、ゆるやかな衰退期でもある。そもそも、全盛期を知る世代には、最近の紅白は別物にすら思えるのではないか。そんな「別物紅白」が全盛期と同じくらい長く続いているのだから、そろそろ寿命が尽きても不思議ではない。

 それでも、盛り返すチャンスはあった。いわゆるゼロ年代の半ばだ。

 まず、第54回(2003年)において、危機感をあおられるような出来事が起きた。毎分視聴率で計4分間、TBSの格闘技中継に抜かれたのだ。相手は「ボブ・サップ対曙」戦。紅白で歌っていたのは、長渕剛だった。

 長渕といえば、二部制導入2年目の第41回(1990年)に初出場。ベルリンの壁からの中継で16分間もマイクを独占して物議をかもした男だ。いわば「別物紅白」の象徴的存在が13年ぶりに戻ってきて、歴史的屈辱の当事者になったわけである。

 さらに、翌年7月、NHKの芸能番組を担当していた元チーフプロデューサーが数年にわたって制作費などを着服していた不祥事が明るみに出た。これが世間の批判を招き、最終的には当時の会長が辞任する事態となった。

 こうした流れもあいまって、この年の紅白(第55回)では改革的な試みが行われることに。毎年実施されている「紅白に出てほしい歌手」のアンケート結果を公表し、上位には出演交渉をすると宣言したのだ。

 ちなみに、ベスト5には白組で氷川きよし、SMAP、北島三郎、五木ひろし、平井堅、紅組で天童よしみ、宇多田ヒカル、柴咲コウ、坂本冬美、浜崎あゆみが入った。このうち、辞退したのはSMAPと宇多田、柴咲で、6位以下ではサザンオールスターズ(白組6位)や松田聖子(紅組12位)、Mr.Children(白組12位)も辞退している。

 ただ、この試みもむなしく、この年の視聴率はついに40%を切った。しかも、本番中には紅白衰退の原因を浮き彫りにするような発言が飛び出すことに。審査員のひとりだった橋田壽賀子が感想を聞かれ、こう語ったのである。

全文はソース元で

https://news.yahoo.co.jp/articles/14f981442f00f7b36f7f0719c0d232a1dd6f449a