最新記事(外部)
お勧め記事(外部)

『傷物語<冷血篇>』が示したアニメ映画の新潮流 “三部作構成”のメリットを考える

スポンサーリンク

1:涼風青葉 ★ 2017/01/09(月) 12:47:18.73 ID:CAP_USER.net

 ついに『傷物語』の3篇が終結した。当初は2012年に公開予定だったこの作品が、2016年から1年掛けて、2009年に放送された『化物語』につながることができたのだから、ファンからしてみればおよそ5年遅れでようやく“2012年”が終わったことになる。
 もちろん原作を読んでいれば、どのような顛末を辿り、『化物語』へと続くのかということは周知の事実であろう。これまでの「<物語>シリーズ」の中で、幾度も回想されてきたエピソードが、しっかりと描き出されるのだ。思い返してみれば、『化物語』第1話のタイトルイン直前のわずか数10秒で一気に描かれていた部分でもある。改めてその映像と見比べてみると、(もちろん演出が異なるからかなり変わっていて当然なのだが)、作画のクオリティとスケールの差がはっきりと見受けられる。この7年の間で、アニメーションの世界がいかに進化したかがわかるのだ。
 その数10秒の中にも一瞬だけ映し出されていた、羽川との体育倉庫でのシーンは実にお見事であった。懐中電灯をつける羽川。光線がまっすぐ伸びて、顔を照らすショット。そのあと、二人が向かい合って座る手前に置かれた懐中電灯から、光線は画面奥の跳び箱を照らす。するとカットバックで、今度は逆光になった二人のシルエットを映し出す。実に綺麗な場面だ。この体育倉庫の、天井から溢れる光といい、実に綺麗に作り上げられていてひたすら敬服してしまうのである。
 さて、前作公開時には「総監督×監督システムの作用」(参照記事:『傷物語〈II熱血篇〉』が圧巻のアニメ映画となった理由 総監督 × 監督システムはどう作用した?)、前々作時には「シネスコ画面での見せ方」(参照記事:西尾維新原作『傷物語〈I鉄血篇〉』はいかにして”映画らしいアニメ映画”を超えたか)について触れてきたが、今回は「三部作構成」という点にフォーカスして本作を論じてみたいと思う。
 『<鉄血篇>』が67分。『<熱血篇>』が69分。そして今回の『<冷血篇>』は83分と、総じて約219分をかけて描かれたこの『傷物語』。制作に充てる時間を考慮しなければ、前後編での構成も可能だったのではないか、と思ってしまうのである。実写映画の話ではあるが『デス・ノート』や『進撃の巨人』、『3月のライオン』と、密度の濃い原作を、最初から前後編で描くという選択肢を取ることはすっかり主流になってきているのだから。
 たとえば、同じ新房昭之の『魔法少女まどか☆マギカ』の劇場版は、3部構成といえども、テレビシリーズの総集2篇+新篇という、画期的な構成で作られていたが、これは少し例外かもしれない。最近では『魔法使いの嫁』や『チェイン・クロニクル』がすべて新篇でありながらも三部構成で作られるなど、徐々にアニメ界ではこの三部構成が主流になり始めているのだ。
 これは、明確にそれぞれのエピソードを色分けしたいという作り手側の狙いに他ならない。1篇目で作品の世界観を出し、2篇目では大きく物語を盛り上げ、そして3篇目で綺麗にまとめ上げる。いわばストーリーテリングの基本である“起承転結”というのは4つに分けられるものではないということの証明なのだろう。今回の『傷物語』を例にとって振り返ってみればそれが明確に判る。
 『<鉄血篇>』では阿良々木暦とキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの邂逅。台詞を抑えて、このシリーズが守り抜いてきた西尾維新ワールドを前面に押し出した。続く『<熱血篇>』では3人のヴァンパイアハンターとの戦いが描かれた。終始繰り返されるバトルアクションに加え、ヒロイン・羽川翼との関係性を語る。その点で、最も映画らしい密度の一篇だったといえよう。そして今回の『<冷血篇>』は四肢を取り返したキスショットが完全体になり、阿良々木暦が人間に戻るためのバトルと、キスショットとの別れを描き出す。つまりここで、“転”と“結”を一気に片付けたのである。
 本作の場合は、この先に続く壮大な物語へのプロローグであるという前提があったとはいえ、この方法論が新たに作られた作品で使われるとなれば、続きとなるコンテンツを生み出すことも決して難しい話ではない。1篇だけでは不完全すぎ、2篇ではまとまりすぎるが、3篇ならば含みも持たせられる上、どのカラーが最も受け入れられるかが判るというわけだ。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170108-00010002-realsound-ent